勝ち負けなんてどうでもいい

いきなりですが、誰かに負けるというのは悔しいです。
負けず嫌いの人は、その悔しさをバネにして成功を勝ち取ったりします。
しかし危険なのは、競争に負けたことで「自分はあの人に劣っている」「自分には能力がない」と思い込んでしまうことです。

人との優劣ばかりが意識にあると、「劣っている点」が次々気になります。
ちょっとした言葉や言動にも「バカにされた」と逆上したり、
「自分はダメだと言われた」と落ち込んだりして、余計な苦労をするはめになります。
相手が好意で言ってくれたことでも、攻撃されたかのように構えてしまうなど、被害妄想にもなりかねません。

もしも、この社会で成功するということが、
「人を蹴落として競争に勝ち抜く」ことだとしたら、
ほんの一握りの勝者と、圧倒的な数の敗者しか残らないことになります。
そうやって得た勝利が、果たして幸福でしょうか?
私はそう思いません。

大切なことは、競争に勝つかどうかではなく、
自分のやりたいことが実現できるかどうかなのです。

実現のためにこの勝負に勝つことが必要なら、全力を尽くす。
もしも負けたならその負けを認めて、次にどうやって勝つかを考える。
けれども、それは相手よりも優位に立つためではなく、あくまであなたの目標に近づくためなのです。

このようなことは高校受験における合否にも当てはまります。
合格したから勝ちなのか?
不合格は負けなのか?

そもそもこのような線引きが間違っています。
例えば、
合格した生徒が合格したことだけに満足してしまい、
勉学に励まず楽しいだけの高校生活を過ごしたら大学受験はうまくいくでしょうか。

また、不合格だった生徒がその悔しさをバネに高校三年間必死に勉学に励み、
大学受験で花を咲かせることも多々あるでしょう。

この場合はどちらが勝ちですか?負けですか?
何をもって成功・失敗、勝ち・負けなのかは人それぞれです。
受験だって長い人生においては過程にすぎません。

大切なことは、競争に勝つかどうかではなく、
自分のやりたいことが実現できるかどうかなのです。

極論かもしれませんが、
合否なんてどうでもいい!!
受験を必死でやり抜いたかが肝心です。
今すぐに結果として現れなくても、
努力したことは必ずどこかで花咲かすでしょう。

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